起業経験ゼロのアラフォーママがネット起業で自由を手にするまでの物語

私のプロフィールとブログの理念

はじめまして、あやちんです。

都内在住で個人事業主として在宅でマーケティングの仕事をしています。

我が子に「おかえり」と言いたいママの起業支援のほか、地元飲食店の集客コンサルティングなど、オンラインからオフライン問わず活動中です。

マイルを貯めることが趣味なので、「旅育」として子連れで年間3回程度海外旅行をするのが大好きです。

 

あやちん
ちなみに前職は出版社勤務で20年間編集者として勤務していました!

 

これまで子連れで旅行してきた海外は以下のとおり。

 

  • ハワイ
  • グアム
  • バリ島
  • シンガポール
  • 台湾
  • 上海
  • 香港
  • 韓国
  • ドバイ
  • ラスアルハイマ
  • モルディブ
  • インド

 

子どもが小さかったこともありフライトの時間が少ない地域、安全な地域を選ぶことが多かったですが、一番印象に残っているのは月並みですがハワイ、そしてラスアルハイマ首長国です。

 

 

家族で挑んだキャメルライドは、ラクダの乗り降りってこんなにスリリングなのか! と驚いたり、砂漠で天然滑り台を楽しんだり。

滞在型のリゾートの素晴らしさを十二分に体感することができて幸せなひと時でした。

 

 

 

私が今、自宅で仕事をしながらこんな生活ができているのは、月収16万円副業OLから月収800万円起業家に転身した方が主催するビジネスアカデミーに入ったことがきっかけです。

起業塾でWebマーケティングについて学び始めて3ヶ月後には「この道で生きていく」と決意し、上司に退職を申し出ていました。

起業後は先述のマーケティングを活かしたコンサルティング事業、そして趣味の海外旅行を活かした買い付け・販売などをしています。

 

あやちん
そして起業から1年後、1つの目標だった月収100万円の壁を突破しました

 

私の日常を箇条書きで紹介します。

 

  • 毎朝ゆとりがあり、好きな時間に好きな場所で仕事をしている。
  • Webマーケの専門家として様々なビジネスの裏側を知るのが楽しい。
  • ビジネスを学んでこれまで知らなかった世界があることに気付けた。
  • 幅広い年代の起業仲間ができ、共に学びながら成長できるのが嬉しい。
  • 週末しかできなかった子どもの習い事を平日に入れられるようになった。
  • 子どもに「仕事があるから無理」で我慢させることが大幅に減った
  • 大人になって改めて勉強の楽しさを知った。
  • 知識が増えるにつれ、自分に自信が持てるようになった。
  • 平日昼間の空いている時間にふらっと買い物に行くのが快適。
  • 経営者仲間が増え、仕事の幅が広がり毎日ワクワクしている。

 

まぁこんな感じです。

ネットビジネスを学んでから世界は一変し、これまでの仕事とはまた違った日常が私の当たり前になりました。

編集者も普段は会えないような方々と出会えることができる職業でしたが、それをはるかに凌ぐ出会いや学びがたくさんある世界で充実した時間を過ごしています。

 

私はかつて副業でブログアフィリエイトをしていたものの、最高月収15万円とそれだけで暮らしていけるほど稼げてはいませんでした。

起業はおろか転職経験もゼロ。

新卒で入社した会社に定年までいるしかないのだとはなから諦めていたんです。

 

でも、正しい知識を学んで勉強を進めていったら、自由な人生を実現することができました。

 

今でこそ楽しく穏やかな毎日を過ごしていますが、もともとはコミュ障で陰キャ(私の本質なので、今も変わらない・笑)です。

そして、お金を稼ぐためには会社員として定年まで勤め上げるしかないという価値観に縛られて生きてきました。

 

運よく出版社に就職したものの、学生時代の成績は常に「中の上」、運動も「できないわけじゃない」、人前で話すのも超苦手の「ビビり」という書いてて悲しいぐらい凡人です。

実家は自営業で収入に波がある家庭で育ったので、「お金がない」が原因でやりたいことを諦めるのは当然のことだと思っていました。

 

しかし自分が結婚・出産を経て母になり今思うのは…

 

あやちん
同じような思いは自分の子ども達にはさせたくない! ということです

 

と同時に子ども達がよく話していた「ママといっしょにいたい」をが叶えられないままだったので、子ども達と過ごす時間を確保しながら収入を得る方法はないか、模索を続けていました。

私は親として、一人の人間として、目の前の子ども達の願いを受け止めることができていない、自分の人生が嫌で嫌でたまりませんでした。

 

だからこのブログを通して、お金のために働く全ての方が少しでも豊かで楽しい人生が送れることを目指して発信をしています。

 

ちなみに豊かで楽しい人生を送るために必要なものはなんだと思いますか?

答えはこの4つです。

 

  1. 時間の自由
  2. お金の自由
  3. 身体の自由
  4. 精神の自由

 

4つの自由度を上げていくことで、人生の満足度も上げていくことができます。

例えば私はとにかく「時間がない」が口癖の会社員時代を過ごしていましたが、会社員でいる必要がないくらいのお金があれば、何も自分の時間を切り売りしてOLをやる必要はありません。

そして自分の自由になる時間が増えるので、精神も安定し「時間がない」と家族に当たり散らすこともなくなり、ストレスが減ることで健康的な生活を送ることが可能になります。

 

つまり、

 

お金があることで時間が生まれ

時間があることで心のゆとりが生まれ

心のゆとりがあることで健康でいられる

 

というわけですね。

 

そのために必要なのが、自分の時間を切り売りしなければいけない労働ではなく、お金を生み出す【仕組み】を知り、【仕組み】を作り、そして【仕組み】を増やすことです。

 

このブログでは私が【仕組み】を作るために学んだことや経験してきたことを素直に発信し、本当の意味で豊かな人生を送る方法をお伝えしていきます。

 

このブログをよりお楽しみいただくために、私の過去の経歴と情報発信していく上での理念・信念をお話しします。

過去を共有しておくことで、記事の裏に隠された真意などが理解しやすくなりますので、ぜひ最後までお付き合いください。

 

小学生時代:「ここから落ちたら死ねるかな?」

私の父はとても厳しい。

それに気付いたのは小学生に入学してからだ。

 

学歴コンプレックスのある父は、

それを子どもの成績で埋めようと躍起になっていた。

 

蛙の子は蛙なのに。

 

幼い頃から通信教材や書店で売られているドリルなど

たくさん与えてもらったが、

どれもやり切ったものはない。

 

買う→途中で放置する

基本はこのループ。

 

最終的には就寝前に父が私の勉強を見ることになったが、

「こんな問題もわからないのか!」

「さっきも言っただろう!」

「このままじゃあいい学校に入学できない!」

父が声を荒げる度に泣いた。

 

こんなんで成績が上がったら奇跡だ。

 

父との学習時間は当時の私にとって

「お前はできない子」

という意識を植え付けらえるだけの

拷問でしかなかった。

 

私はこのストレスを学校で吐き出すことにした。

 

それが原因で友人関係はいつも不安定で

学校ではいじめに加担したこともあるし

逆にいじめられたこともあった。

 

特に小学校3、4年生の2年間は

クラスの女の子とほとんど会話したことが

なかったように思う。

 

それまで普通に会話していた友達に

 

「おはよう」

「……」

 

とシカトされた時は意味不明だった。

正直、何をしてしまったのか今でもよく覚えていない。

 

この頃

2時間目が終わった後の20分休み時間は

遊ぶ友達がいない自分にとって地獄で、

校舎裏にある飼育小屋で動物を見ながら

時間を潰した。

 

学校でも居場所がない自分

自宅でも叱られ続ける自分

 

こんな自分に何の価値があるのか。

何で生きているのか。

そもそも生き続けたところで

この先いいことなんてあるのか。

 

そして、忘れもしない4年生の夏休み。

夕暮れ時に自宅の窓を開け、ふと思った。

 

「ここから落ちたら死ねるかな」

 

しかし戸建て住宅の2階から飛び降りたところで

大怪我で済んでしまう可能性が高い。

 

それに唯一こんな私を受け止めてくれていた

母が悲しむ姿は見たくない。

 

「痛い思いをするだけ無駄だ」

 

私は近くにあったコミックを手に取り、

布団に寝転んで読み始めた。

 

ちなみに小学校高学年時代は

「ここたら落ちたら死ねるかな」

と何度思ったか数え切れないし、

今でも連絡が取り得る友達は一人もいない。

 

中・高校生時代:「お金がないから公立で」

私の友達がいない歴は

中学に入っても続いていたが、

気持ちは少しずつ落ち着きを取り戻していった。

 

理由は父との家庭学習時間がなくなったから。

 

引越しを境に父と母は仕事に追われるようになっていった。

私の実家は自営業だが、

夫婦二人で2店舗経営は子どもの目から見ても

過酷そのものだった。

 

父と母が経営していたお店の閉店時間は20時。

必然と家族の夕食時間は20時以降になる。

 

そして父と母は私たち(私は三人兄弟の長女)を

残してほぼ毎晩パチンコへと繰り出していた。

 

父も母もストレスを発散させる場所が必要であり、

正直子育てどころではなかったのだと思う。

 

父が私の学習のために使っていた時間は、

パチンコを楽しむための時間に変わった。

 

中学校では軟式テニス部に入部し、

運動に没頭する楽しさを知った私は

同じ部活の友達と仲良くなり

ようやく平和で、楽しい学校生活というやつを

知るようになる。

 

「スポーツは人の心を救う」

それを体感した私は

今でも体を動かすことは大好き。

 

私には進学したい高校があった。

 

学力的にも問題がない

制服が可愛い

憧れの女子校

憧れの電車通学

憧れの都心

 

中学3年生になり

進路について親に話そうと思っていた矢先に

父からこう言われた。

 

「あやは長女だ。

うちには下にあと二人子どもがいる。

だから高校は公立しか行かせられない。

わかってもらえるよね?」

 

わかるわけがない。

 

「だったらパチンコやめなよ!!!」

言いかけてやめた。

そんなことを言ったところで

事態が変わることがないのは知ってるから。

 

弟も大事、妹も大事。

私にもその気持ちは人並みに持ち合わせているので

志望校のパンフレットを捨てた。

 

お金が理由で諦めなきゃいけないことがある

 

この経験は強烈だった。

 

お金がなければ好きなこともできない

お金がなければ行きたい場所にもいけない

 

中学生の私に学費が払えるわけがない。

お金がない私は、自分の希望を捨てて

親が推薦入学を決めてきた公立高校に

進学する道しかなかった。

 

しつこいようだけど

お金がなければ「選択権がない」

これが現実だ。

 

そしてこの頃の我が家は

家業の低迷という危機に直面しており、

父はダブルワークを始めた。

 

深夜に家を出て

早朝まで工場でコンビニに納品する

食料品を詰めるアルバイト。

 

毎晩のパチンコ通いどころではない。

 

お金がない生活は時間を奪うの典型的なパターン。

毎晩散々ギャンブルしてきてこのざまか。

家計を支えてくれていることは感謝すべきだが、

当時の父を冷めた目で見ていたのは確かです。

 

高校では英語科コースに通い、

新しい言語を学ぶ楽しさを知り

いつかは「留学してみたい」という

夢をもつように。

 

テレビの中だけでしか見たことのない世界を

自分の目で確かめたかったし、

外国に長期滞在してみるという経験を想像

するだけでワクワクできた。

 

事業が軌道に乗り毎晩パチンコ三昧

事業が苦しくなったらバイト三昧

 

というお粗末な状態の父の元から

早く逃げたい気持ちもあったように思う。

 

親のことが尊敬できないって

子どもにとってマジでキツイ。

 

親のことが頼れないって

子どもにとってマジでキツイ。

 

私が今、親としてきちんとしていたい気持ちが強いのは、

子ども時代のトラウマが原因だ。

 

大学時代:「貧乏は罪だ」

父が選んだ公立高校の英語科に進学した私は、

大学でも英語が重点的に学べる学部・学科を選んだ。

 

海外留学する夢を持っていた私は

学習塾でアルバイトを開始。

 

「自分でお金を貯めて、アメリカ留学する」

 

ことを父と母に告げると、快く応援してくれた。

 

そりゃそうだ。

お金は自分で工面すると言ってるのだから

誰にも迷惑をかけちゃいない。

 

私は必要なお金をアルバイトで貯め、

夏休み期間に開催される交換留学プログラムに

参加することを決めた。

 

夢にまで見た海外への長期留学。

ホームステイ先まで行く前に友達と

ロサンゼルスにあるディズニーランドへ

行ったのもいい思い出だ。

 

だけど、

出国前に母が綺麗にパッキングしてくれた

荷物を解くとき

ホームシックになって涙が溢れた。

 

母はいつでも、どんなときでも

私を受け止めてくれた。

 

その母と会えない。

誰も頼ることができない。

 

急に心細くなった。

 

理由は他にもある。

私のホームステイ先はとても貧乏だった。

 

アメリカではホームステイさせることで

補助金がもらえる制度があり、

貧乏な家庭は補助金目当てで

留学生を受け入れる家庭がある。

 

私のステイ先はまさにその

補助金目当ての家庭だった。

 

留学生をもてなす気持ちなんて

微塵もない。

 

朝食はりんご1個、

夕食はテイクアウトのお弁当

間食は一切なし

 

と決まっていた。

シャワーは5分。

それ以上使うと、翌日に叱られた。

 

そんな生活の中で唯一の救いは、

留学先でのランチタイム。

 

ビュッフェ形式で好きなだけ

食べられるので、

自分で食べたいものを選べる自由が

嬉しかった。

 

もはや貧乏は罪だ。

 

私はお金を払ってなんのために

こんな不遇を受けているんだろう。

 

そうそう、

一度だけホストマザーがブラウニーを

手作りしたことがあった。

 

ホストファザーが

取り分けてくれたので

珍しいこともあるもんだ! と

喜んでいただいたら、

翌日「誰が食べたの?」とすごい剣幕で

怒っていた。

 

夢見ていたアメリカでの生活は

やっぱりお金がないと

ろくな生活ができない

そんな常識を再認識しただけだった。

 

あんなに希望していた海外での生活なのに

窮屈な思い出の方が鮮烈だ。

 

実家が恋しくてたまらなくて、

実母から定期的に届くエアメールが待ち遠しくて

ホームステイ先に着いてすぐに

帰国日までのカウントダウンが始まった。

 

帰国後、母に留学時のエピソードを話したら

「申し訳ないけど、ウケる」

と大笑いしていた。

 

ちなみにホストファミリーもピンキリで、

私の友人がお世話になった家庭は

ホストファザーが医者でとても裕福だった。

 

学校で会うたびに

 

「昨日はみんなでステーキを食べに行ったの!

アメリカのステーキって大きくてジューシー

だってイメージ通りだった!」

「いいな〜。うちは昨日もパンダエキスプレスだよ笑」

 

なんて会話をしていた。

今でもグリーティングカードを

毎年送り合っていると聞いて、

私もそんな関係が築きたかったのに!!

と羨ましくてたまらない。

 

会社員時代:「私、こんな人生望んでた?」

私は大学卒業後、

新卒で都内にある某出版社に就職した。

 

配属先は月刊誌の編集部。

 

初めての会社

初めての編集部

 

知らないことだらけだったけど、

 

・イベント取材

・著者さんと打ち合わせ

・新製品イベントパーティへの出席

 

そこには憧れていた煌びやかな世界が待って

 

……

……

……

 

なかった。

 

バブルの頃はメーカーの新製品発表会に行けば、

現物がお土産としてもらえた時代も

あったらしいが、そんな経験はない。

 

しかしバブルが弾けてからは

ご存じのとおり景気は冷え込み、

華やかなパーティーは激減。

 

あまり美味しい思いをした記憶もなく、

ひたすら目の前の仕事に向き合っていた。

 

当時は「終電で帰れればラッキー!」な感覚。

 

今考えたら異常すぎる。

 

会社の経費もあまり使えず

深夜タクシーを使えるのは月に数回だけ。

 

それでも目前に迫る〆切。

 

鳴りやまないデザイナーや

印刷会社からの電話。

プレッシャーに耐えられず連絡が途絶え、

逃亡を繰り返すライター。

 

これだけで1本の映画ができるんじゃないか

ってほど濃密な毎日……。

 

刺激的な毎日ではあったけれど、

大切なものを失った。

 

当時の私は

学生時代から付き合っている

4歳年上の大学院生の恋人がいた。

 

しかし、終電で帰れるか帰れないかの生活

週末は疲れ切って自宅で爆睡。

 

正直「デートよりも寝ていたい」と思っていた。

 

彼はあまりベタベタするのが

好きな人でもなかったし

月に1回会えれば十分だと話していたけど、

それは真に受けてちゃいけないヤツだった。

 

私の知らない間に

彼には同じ研究室に別の恋人がいた。

 

たまに会えば

「後輩のRちゃんがさ~」

ってRちゃんの話題ばかり。

 

今から思えば、あれは布石。

別れ話を切り出されたとき

「あ~、やっぱり……」って妙に納得したもの。

 

仕事で終電を逃し、

タクシー代を自腹で払ってまで

帰るかどうか悩んでいるときの電話は

今でも忘れられない。

 

「Rちゃんと付き合うことになった」

「うん、わかった。今までありがとう」

 

そうなることをわかっていたからか

仕事で疲れ切っていたからなのか、

電話口で彼が話していることを

すぐに理解することはできなかった。

 

けれど本能的に

「面倒くさくない彼女」

を演じ、自分から電話を切った。

 

終わりはある日突然やってきて

それまでの当たり前が

終わってしまうことがあるのだと知った。

 

脱力感ですっかり帰宅する気が失せた私は、

隣のデスクにいる先輩編集者がしているように

社内にあるダンボールを1枚持ってきて

自分のデスクの下に敷く。

 

その上に横になったとき、

ようやく何が起こったのかを理解した。

 

強がってはみたものの

 

「少しはゴネてみればよかったかな」

「私がもう少し可愛げがあれば、よかったのかな」

 

いろいろな

「~たら」

「~れば」

が浮かんでは消えた。

 

そして周囲に声が漏れないよう

口元をハンカチで押さえ、

溢れ出てくる涙を必死で吸い込ませた

 

ダンボール布団の上で。

 

この日以降、

何度も会社に泊まることになるが、

会社でお泊りデビューの日は今でもほろ苦い。

 

私は実家での貧乏体験

ホームステイ先での貧乏経験から

経済的自由を得なきゃ終わる!

という価値観で生きてきた。

 

出版社に入社し一生懸命仕事すれば

それが叶うと思っていた。

 

でも違った。

金銭的に自由になっても、

時間がないことで恋人を失い

幸福度は下がった。

 

今では愛する夫、子どもたちに囲まれているが、

週に何回かしか帰れない編集部生活は

私の体を蝕み、生理不順、不育症を引き起こし、

二度の流産も経験した。

 

お金の自由だけあっても

欲しいものが

手元からすーっとこぼれ落ちていく感覚は

ただただ恐ろしかった。

 

会社を辞めようと思ったきっかけは

いろいろあるが、

一番は会社に縛られていたら

 

お金の自由

時間の自由

精神の自由

身体の自由

 

いずれも手に入らないことを知ったからだ。

 

会社員でいる以上は、

どんなにつまらない仕事でも

どんなに辛い仕事でも

どんなに理不尽な上司からの指令でも

自分をごまかしながらこなすしか道はない。

 

理由は簡単。

働き続けなければお給料がもらえないから。

 

誰もが知っているような大企業戦士が

もてはやされている風潮がまだあるものの、

結局はお金を「いただく」立場。

 

どんなに優秀な人でも

「もう来なくていい」

そう言われたら詰んでしまう働き方なのだ。

 

そんな時に

ふとこんな考えが頭をよぎった。

 

【私、なんのために生きてんだろう?】

 

会社があるから好きなこともできない

会社があるから子供の世話のできない

会社があるから副業の時間も作れない

会社があるから

会社があるから

 

【私、もはや会社のために生きてる!?】

 

私の人生は私のもののはずなのに、

好きでもない満員電車に乗り込み

好きでもない人と

好きでもない仕事をして

ストレス溜めて

自宅で家族に八つ当たりして……

 

【私、こんな人生望んでたんだっけ?】

 

全然、違う!!!!!

 

本当はもっと子供たちと一緒に過ごしたい

本当は満員電車になんて乗りたくない

本当は気軽に旅行にいける自分でいたい

本当は休み明けの憂鬱さから抜け出したい

 

ある起業家の方のメルマガ購読をきっかけに

「会社があるから」

で蓋をしていた自分の本音が

どばーーーっと溢れ出てきた。

 

もちろん会社員も悪いことばかりではない。

特に商業出版の世界は

個人でできる規模の事業ではないし

社会的貢献度も高い。

 

自分が作った本が手元に残るので

これはママが作った本だと子どもたちに見せると

誇らしげに喜んでもらえる。

 

大企業の福利厚生は手厚く

恵まれているのも魅力的だ。

 

ただ、どんなに充実した福利厚生も

使う時間がなければ

ただの絵に描いた餅に過ぎない。

 

それでも仕事が好きで毎日充実している!

という人は今のままでいいのかもしれない。

 

でももし、

 

仕事にやりがいが持てない

社内での人間関係が微妙で憂鬱

本当は仕事以外の大切なものに使う時間が欲しい

 

そんな状況だったらどうだろうか。

 

自分で稼ぐ能力がなければ、

どんな状況であっても

「お金のためだけに働く」ことを

余儀なくされてしまう。

 

お金は確かに大事。

お金で解決できることもたくさんある。

 

でも、

 

子どもの成長を見守る時間

美味しいねって家族全員揃って食事を楽しむ時間

テレビを見ながらあーでもないこーでもないと

団欒する時間

 

お金に代えられない価値を

見ないふりしてまで稼ぐことに

何の意味があるんだろう。

 

私は激務と引き換えに

ある程度のお金を手にしたけど、

時間の自由、精神の自由、

身体の自由はほとんどなかった。

 

だからと言って

会社員をやらなきゃよかった

なんて思っていない。

 

でも今感じているのは、

自分で稼ぐ力を身につけてこそ

人生の自由が得られる

これが私の中にある1つの答えだ。

 

インターネットビジネスと某起業家との出会い

私は会社員として働きながら、

個人でアフィリエイトブログを運営していた。

 

アフィリエイトは副業でも

成果が出しやすく、

コツコツと続けていれば

月収100万円なんて世界も見えてくる。

 

実際、ブログ仲間の中には

そういう人も出てきた。

 

しかし、アフィリエイトブログも

弱点はある。

 

それは

Googleの検索結果次第で

収益が100にも0にもなってしまうこと。

 

Googleはユーザーに

より検索結果を提供しようと

1日に何回もアルゴリズムを変更、

アップデートしている。

 

これによって

昨日までは検索上位に表示されていて

多くのアクセスがあったはずのブログが

いきなりアクセス0になり、

アフィリエイト報酬も0になってしまう

こんなことが日常茶飯事だ。

 

現に私が運営していたブログも

かつては月間6万PV程度あったものが、

月間1万PVにまで落ち込んだこともある。

 

このままではヤバい。

そんな時にふと覗いたYouTubeで知ったのが

ネットビジネスだった。

 

月収16万円の副業OL時代を経て

20代で起業し、

今は自由な生活をしているという女性が

 

収入を得るとはどういうことなのか?

稼げる人と稼げない人の違い

 

などなど

私がそれまで気にしたこともないことを

YouTubeで流暢に話していた。

 

その動画を見たとき

「私、この歳まで一体何をしてきたんだろう」

と自分の不勉強っぷりに愕然……。

 

仕事があるから

家事があるから

育児があるから

 

時間がないのは当たり前。

仕方がない。

 

そう思うことで

どこか安心してしただけなのだと

思い知った。

 

このままでは一生会社員で

い続けるしかない。

 

目の前にいる

自分を必要としてくれている

子どもたちの「ママと一緒にいたい」という願い

を叶えることができない。

 

そんなのは嫌だ!!!

 

ネットビジネスを学んで

「会社員を卒業する」

そう決意し起業塾の門を叩いた。

 

私が師匠に選んだ女性と会ったとき、

「何もしなくても月収300万円を下ることは

ないですね〜」

と、さらっと言ってのけた。

 

「何もしてないのに300万円がもらえるの?」

自分が踏み出そうとしている世界が

いい場所なのか

怖い場所なのか

わからなかったし、

「私がこれまで必死に働いてきたのは

何だったんだ?」

とかなり複雑な気持ちになった。

 

「あやさんはもうこの世界知っちゃったから〜」

 

彼女はニコッと愛らしい笑顔を見せ、

コミュニティに歓迎してくれた。

 

最初は戸惑いながらも踏み出した

起業への一歩は、

一緒に学ぶ仲間の姿を見て

「この道を選んで正解だったんだ」

とすぐに確信に変わった。

 

私は2018年9月からネットビジネスを始め、

2018年、年末に会社員を卒業。

 

きっかけはネットビジネスだったけど、

地元にあるステーキ屋さんの

集客をお手伝いすることも

できるようになった。

 

ネットビジネスをきっかけに

必要な知識を学んでいると、

オン・オフ問わず

全てのビジネスの裏側が見えるようになり、

成功には「型」があることもわかった。

 

これまでは単なる趣味だった

アイドルグループのコンサートに行った際にも

ビジネス視点で見ることで

また違う意味で楽しめるようになり、

知識がある状態の素晴らしさに

どんどん魅了されていった。

 

「知識は愛」

 

愛を得た生活は見えるものすべてに彩りを与え、

私の見る世界は一変した。

 

それまで起業する人にはセンスや才能が

必要だと思っていたがそれは間違い。

実際に必要とされているのは

「知識」

これだけだった。

 

そして今でも活躍している起業家は

もれなく学び続けている。

 

小学生の頃、

父親に叱責されながら家庭学習してた影響で

勉強に対して積極的になれなかった私が、

今は毎月レベルアップのために一定量の本を読み

そこで得た学びを発信する側になった。

 

そんな日がやってくるとは

思っていなかったけど、

私が学べば学ぶほど

クライアントに的確な提案が

できるようになる上に

収益アップのお手伝いもできて

喜んでいただける。

 

今はこの流れが楽しくてたまらないので、

これからもあなたのお役に立てるよう

がんばるのみだ。

 

ブログのコンセプトと理念をおさらい

このブログでは豊かで楽しい人生を作っていくために必要な4つの自由を得ていくという考え方をベースに記事をお届けしています。

 

  1. 時間の自由
  2. お金の自由
  3. 身体の自由
  4. 精神の自由

 

この考え方を理解した上で読んでいただくと、理解しやすいです。

お金があってもそれを使う時間がなければ意味はありません。

お金があってもそれを使う健康な体と心がなければ意味はありません。

 

ときどき「あやちんさんだからできたことだと思う」と言われることがあります。

ですがそんなことはまったくないんですよ。

ここまでお話ししてきたとおり、私は勉強嫌いで人より秀でてるものなんて何もなかったし、副業で始めたブログでも飛び抜けていい結果が出せた訳でもありません。

でも今になってわかるのは、努力する方向さえ間違わなければ結果はちゃんと後からついてくるのだということです。

現に私がブログで望む結果が出せなかった理由も今ならよくわかるし、逆にこのブログは自ずと収益を生み出すものになるだろうと確信して運営しています。

 

あやちん
私はネットビジネスを学んで人生が変わりました

 

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